居住空間・居住スタイル Soul Searchin'

居場所を整えることと猫との関係



強い日差しのなか毎週のように雑草と格闘するシーズンが始まりました

畑の雑草取りもさることながら、小屋のまわり、敷地周辺の草刈りに追われ若干熱中症気味

房総でハードに動いたあとは東京に戻りエアコンの効いた室内でデスクワークしながら数日かけて体力をリカバリーするというのがこのシーズンの正しい過ごし方です!

 

人はなぜ居場所を整えようとするのか?

畑であれば作物をより大きく、より美味しくいただくために、土を整え、雑草を抜いたりしてメンテナンスするのは理に適っています

ですが、敷地の雑草を刈ったり、家の中や外を掃除したところでなにかを得られるわけではありません

にもかかわらずなぜ膨大な時間とエネルギーをかけて居場所を整えようとするのか?

それは、当たり前かもしれませんが、整った場所に「心地よさ」を感じるからなのでしょう

整った空間を美しいと思ったり、清々しさを感じたりする感覚的心地よさはさることながら、例えば草ぼうぼうの敷地だと歩きにくいし、なにかをしようとしたとき道具が散らかった状態だと次の作業に入りにくいといった実用的側面もあります

そういった感覚的に捉えるものと機能的な要素がいくつか絡み合って「心地良い空間」というものが生まれてくるのだと思います

 

もし人類が心地よさを求めようとしなかったら?

いくら居場所を整えたとしても、いつの間にか乱れてしまったという経験は誰しもあるもの

エントロピーの法則という表現が正しいか分かりませんが、物事は常に動き続けており一定の状態を保つことはありません

雑草をいくら刈り取ったところで数週間後には草が伸びてきてしまいます

草ぼうぼうになった敷地を眺めていると、自然がカオスに向かおうとする動きに抗えないことを実感します

植物たちの影響をほとんど受けない室内であっても、よほど意識しないと場が乱れていくのは自然の摂理なのでしょう

人間も所詮動物なのです

 

一方で、たとえ場が乱れると分かっていたとしても整えようとするのも人間

動物たちの中にも掃除行動をする種がいたりもしますが、人間ほど広範囲を整えたりはしません

人間だけが自分の身の回りを超えた広い範囲を整えようとするのは、そういったモチベーションがDNAに刻み込まれているのではないかと思うのです

つまり、人間の中には、カオスに向かおうとする本能的なものと、整えようとする理性的なものが存在するのです

ちなみにカオス(混沌)の反対語はコスモス(秩序)

もし人間にコスモス(秩序)を保とうとするモチベーションがなかったら地球はカオスに飲み込まれ、他の生物にもとっても住みにくいものになってしまうのかもしれません

このコスモス(宇宙)を作り出したのは人間の理性的なものであり、この世界の秩序を保つには私たちの存在が必要なのでしょう

 

草を刈ったあとムクドリたちがやってきて虫をついばむ様子を見ていると、こうやって自然界のバランスがとられているんだなぁとも思えるし

小屋の周りにコンクリートプレートを敷き詰めたら、こいつも心地よさそうだし

人間の活動が環境を壊す側面がある一方、人間が存在することで役に立つこともあるということです

小屋の土留補修 DAY9 小屋の裏側にコンクリート平板を敷く

作業しているときは散々邪魔されたけど、いい感じになったろ、ここ(笑)

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