先日の緊急事態宣言解除の会見にあった「日本モデル」
「はっ?日本モデル?!」
「そんなんあったんか!」
と思ったのは僕だけではないはず!
三密というバズワードをつくり、明確な定義のない自粛要請を促し、PCR検査数を制限し情報をコントロールしながらマスコミを使って同調圧力を生み出し、擬似的ロックダウンに持ち込む
もしこれが戦略・戦術としてあったのならば「日本モデル」ということになるのでしょうが、事前に定義していないので行き当たりばったり感は否めません
いままでも、なにか起きたとき、なんだかよくわからないけど大事には至らず、結果オーライ的な感じで終わっていくことが多いのが日本
これが「日本モデル」といえば「日本モデル」なのでしょう、良くも悪くも
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今回は感染症対策の「日本モデル」ではなく、ポストコロナの房総オルタナティブ的「日本モデル」を考えてみたいと思います
自然災害や今回のような感染症、経済危機が顕在化したときによく言われるのが「地方の価値が高まる」ということ
今回もリモートワークが半ば強制的に浸透し、場所に囚われず仕事ができるようになったため、「自然豊かな環境で仕事した方が心身ともに良い」といった発言が散見されています
東京と房総を行き来する2拠点生活を続けている僕も、テレワークが浸透したことで自然豊かな環境で仕事をすることが可能になりました!
ただ、僕が考える地方の価値は「自然豊かな環境で”今の”仕事ができる」ということだけではありません
再生産可能な場所としての地方
ITで場所に囚われない働き方+ECで買い物の平準化が起きる > 居住地の選択肢が広がる > 移住者が増えの地方が活性化する
このフレームがよく使われますが、これは都市部でしていた仕事を地方でするだけで、単に住環境を移しただけのこと
都市部の暮らしに慣れた人にとって、なにもない地方の暮らしは最初のうちは魅力的に映るでしょうが、やがてやることがなくて退屈してくるでしょう
なにせ(誰かに与えられる)中毒性の高い娯楽や刺激がないですから!
ただ単に都市部の暮らしを地方にシフトしただけでは地方が持つ真のポテンシャルを活かしきれていないと思うのです
僕が考える地方の価値やポテンシャルは
ある程度広い土地を比較的安価に手に入れられること
その土地が生活のベースとなる衣食住のプラットフォームになること
そして、クリエイティビティを発揮できること
だと思っています
僕がやっているオフグリッド、住環境のDIY、自然栽培の野菜作りまでやらずとも、ちょっとしたスペースを使って家庭菜園や休耕田を利用すれば、食べ物を作ることが出来ます
自分のために食べ物を作るとなると、必然的に食の安全を考えるようになるし、作り方を工夫するようになってきます
それを何回か繰り返していくうちに、自分が自然環境の一部であり、自然に生かされていることを体感するようになってくるはず
そうなると、エネルギーのことにも意識が向いてくるだろうし、今の社会が抱える矛盾も体感を持ってわかるようになってくる
そんな人たちが集まり、食べ物やエネルギーのやり取りをするようになれば、いままで縛られていたサービスやインフラの概念も変化してくるようになるのではないか?と思うのです
衣食住の環境が整い、それぞれが得意な分野、例えば料理を作ったり、ものを作ったり、サービスを提供したりしながら自分の才能を発揮し、それを皆で共有していくようなれば、お金の概念すら変わってくる
食料自給率、資源の輸入依存度、国民総生産といった国家に集約された数字以外のところで価値交換のサイクルが回り始めれば、既存のプラットフォームへの依存度がぐっと減り、自分でコントロールできる範囲でリスクヘッジすることが可能になります
そうすれば国家が担う役割も減り、よりシンプルでよりフラットな社会になっていくのだと思うのです
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今の社会・経済システムが持つ脆さは、消費し続ける必要があること
あらゆるものがサービス化された都市で暮らしていると当たり前すぎてあまり実感が湧きませんが、地方には再生産することが可能なスペースがいっぱい残っているのです
固定種の種をつないでいけば、この地球環境が続く限り食べ物は手に入るし、広い土地にソーラーパネルを置けば電気も確保できる
それを都市部で実践しようとしても、精々ベランダでトマトを作ったり、モバイルバッテリーの充電をするのが関の山。スペース的に限界があるのです
地方が持つポテンシャルは地球環境を利用させてもらいながら再生産可能な仕組みを作ることができること
それをベースに生活基盤を整えていけば、本質的に一人ひとりが自立できるし、環境を大事にするようになるのです
サスティナビリティ、SDGsとか言われていますが、今の経済システムをベースにしていてはなにも変わらないでしょう。立ち位置を変え、本質的なところからアプローチし直さないと無理が出てくるものです
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人口規模、国土、風土などを考えると、日本ってこういったことが実践しやすい環境だと思います
万人に受け入れられるものではないでしょうが、こういったスタイルがひとつの「日本モデル」の原型のようなものになれば面白くなってきそう!
と、僕は思うのです