Travel Photo Art & Architecture Flower A Life in Tokyo

デ・キリコのような形而上絵画的風景 観念と思考の世界の中にある情念の気配

フィリップ・スタルク アサヒビール 浅草 デ・キリコのような形而上絵画的風景 観念と思考の世界の中にある情念の気配


「形而上」という言葉の定義は、なにかが形になる前の観念的なものを指すもので、絵画や写真のように視覚化することはできません

人がなにかを形にするきっかけは、どこからか舞い降りてくるインスピレーション。それをきっかけに具現化するための思考が繰り広げられていきます

そのとき、頭の中にはそれを形にした時のイメージが朧げながら湧いているはずです

フィリップ・スタルク アサヒビール 浅草 デ・キリコのような形而上絵画的風景 観念と思考の世界の中にある情念の気配

デ・キリコのような形而上絵画的風景 観念と思考の世界の中にある情念の気配

デ・キリコのような形而上絵画的風景 観念と思考の世界の中にある情念の気配

1900年代初頭、パリで活躍した画家 ジュルジュ・デ・キリコが形而上絵画というジャンルを創り上げました

人が誰もいなさそうな街外れにマネキンや彫刻が配された風景画は無機質で空虚な印象を受けつつも、その中にうっすらとした情念のような気配を感じてしまいます

デ・キリコやその後に続くシュルレアリスムの作品に感じる無機質さや空虚さは、人がなにかを形にする前に行った観念や思考だけを抽出した世界を表現しているからなのかもしれません

フィリップ・スタルク アサヒビール 浅草 スカイツリー 隅田川 デ・キリコのような形而上絵画的風景 観念と思考の世界の中にある情念の気配

街中を散歩していると、まるでコラージュしたかのような現実離れした風景に出くわすことがあります

この感覚はデ・キリコの絵画を見た時の感覚に近く、この風景を作り出した人たちの「観念と思考の世界」を覗いているような気分になっているのかもしれません

「観念と思考の世界」は脳内で創り上げた「純度100%の美しさ」で構成されていますが、一旦物理世界に現れてしまうと、生命活動や自然の移ろい、時の流れなどに晒されていくことになります

もし上の写真のベランダに布団や洗濯物が干されていたりしたら「純度100%の美しさ」は壊されてしまうのです!

そしてこの風景もいずれは無くなっていくのです

デ・キリコの絵画にもうっすらと感じる情念的気配は「観念と思考の世界」の危うさ、脆さなのかもしれませんね

 

 

2月後半の連休は天気の悪さと寒さのせいで東京自宅に引きこもっていましたが、流石に鬱々としてきたのでお散歩に出掛けてきました

スカイツリーと河津桜 フィリップ・スタルク アサヒビール 浅草 デ・キリコのような形而上絵画的風景 観念と思考の世界の中にある情念の気配

スカイツリーまで足を伸ばしてみると河津桜が満開♪

フィリップ・スタルク アサヒビール 浅草 デ・キリコのような形而上絵画的風景 観念と思考の世界の中にある情念の気配

隅田川の水面に差し込む夕陽が綺麗

 

上に並べた「形而上絵画」的写真と比べると情念的気配の割合が増えますね

同じ写真でも心象がここまで変わるのか!

と感じるお散歩でした

天気は良かったけれど風が強くて寒かったー

 

ちなみに今年2024年4月27日〜8月29日まで上野の東京都美術館でデ・キリコ展開催されるようです

 

-Travel Photo, Art & Architecture, Flower, A Life in Tokyo

© 2024 房総オルタナティブライフ