自分が生まれたところには、なにかしらの想いがあるものです
たとえその土地で生まれ育った記憶が残っていなかったとしても直感的に感じるものがあるのか、もしくは、後天的に周囲から見聞きした事柄をつなぎ合わせて想いが生まれてきているのか、それはよくわかりませんが、いずれにせよ、生誕の地には愛着のようなものがあります
僕が生まれたのは石川県 金沢
親父の転勤先だったこともあり、生まれてから10ヶ月くらいで東京に戻ったそうなので金沢の記憶は全く残っていません
それでも金沢という地名には郷愁のような想いがあるものです
金沢は、頑張れば主要スポットを徒歩で回れる小さな街ですが、加賀百万石と謳われた城下町の面影、活気のある近江町市場、香林坊付近の繁華街、お屋敷のような日本家屋の隣に21世紀美術館などのモダンな建造物が点在し、生活と歴史、文化的な要素がバランスよくミックスされたところ
前回、母親を連れてきたときに、当時住んでいた町を散策しながらその頃の様子を聞いていたので、失われていた記憶が上書きされ、この土地と自分の関係性がより深くなった気がします
今週末1年半ぶりに金沢まで行ってきました
今回は前回時間があったら行こうと思って回りきれなかったところに脚を伸ばしてみました
思索へと誘う建物 鈴木大拙館へ
兼六園と21世紀美術館の間の本多道りを南に少し進み、加賀本多家の屋敷跡「松風閣庭園」の裏を通る木々に囲まれた小道を抜けると、コンクリートの壁が見えてきます
壁の向こう側を覗くと周囲の空間とは明らかに異なるキューブ状のモダンな建物が視界に入ってきます
ここが鈴木大拙館の裏側
キューブ状の建物の裏側に回ると、正面の入り口に辿り着きます
この建物はニューヨーク近代美術館の新館を手がけたことで知られる建築家 谷口吉生さんが設計したもの
数年前に建て替えですったもんだしたホテル オークラのメインロビーを設計した谷口吉郎氏を父にもち、建築家 丹下健三氏のもとで働いたあと独立
丸亀にある猪熊弦一郎現代美術館、酒田の土門拳記念館、上野の法隆寺宝物館といった美術館のほか、葛西臨海公園やGINZA SIXなども手掛けられています
この建物は金沢で生まれた鈴木大拙の思想を伝える場として建てられたもの
鈴木大拙といえば代表作「日本的霊性」で広く知られている宗教・哲学者
世界の宗教を幅広く学ばれ、研究対象であった禅を世界に広めた人でもあります
学生時代に「日本的霊性」を初めて手に取ったものの、未だ十分理解できているわけではないので詳しいことは語れませんが、日本人が潜在的共通認識として捉えている精神的要素の源流を仏教 浄土思想と禅にみつけ、普段あまり意識することのない日本人としての信仰や宗教観を明らかにした一冊
鈴木大拙の本質的なところをいま風に捉えると、養老孟司さんのいう「脳化した社会」が近いように思えます
今の社会、特に都市部では、人の脳みそをこねくり回して生み出されたモノやサービスで溢れており、その外側にある根源的なもとの繋がりが失われている
アウトプットされるものから、心や肉体を含む自然という不安定な要素を省き、標準化、均質化することで経済合理性を追求した結果がいまの社会とも捉えられます
オフィスの中でSDGsのことを考えていたとしても、そういった「排除してきたもの」との繋がりが失われていたら、それは頭の中で組み立てたロジック、方便でしかありません
鈴木大拙が思索の果てにたどり着いたところは、宗教という方便の向こう側にある「なにか大きなもの」との一体感を伴って生きることこそが本質である、というのが僕なりに解釈
この建物は鈴木大拙がアウトプットしてきたものをただ陳列するのでなく、館内を回遊することで鈴木大拙の思想を自ら体感できる身体性を持った作りになっています
鈴木大拙館の建物内部には展示空間、学習空間、思索空間の3つがあり、その空間を内部回廊と外部回廊で繋ぐ構成になっています
そして内部回廊の右手に楠木が植った「玄関の庭」、学習空間の脇に借景を利用した「路地の庭」、外回廊と思想空間から望む水が張られた「水鏡の庭(みずかがみのにわ)」の3つの庭があります
敷地の大きさに対し建物面積はとても小さく、大部分の面積がこれらの庭園に当てられています
内部回廊を進むと正面に鈴木大拙のポートレート
この裏側に展示室があり、現在2022年12月13日〜2023年2月19日までは「大拙のZEN 霜天編」という企画展が開催されています
展示室を進むと次は学習空間
小さな図書館のような作りになっており、鈴木大拙館連の書籍を読んだりすることができます
その学習空間の奥にこぢんまりとしたスペースがあり、左右に「路地の庭」を眺めるための椅子が1脚ずつ置いてあります
ぼんやりと庭を眺めていると、内と外、心と向こう側の自然が不思議と一体化してくるような感覚になるスペースでした
学習空間の扉を開けると「水鏡の庭」に沿った長い外部回廊に出ます
水鏡の庭の奥側に配された犬島産錆石の石垣
この壁の奥には四角く切り抜かれた穴があり、向こう側の世界はどんな世界なんだろう?と覗きたくなるような感覚になりました
この壁が「目で見える世界」と「見えない世界」の境界線であると同時に、「見えない世界」に通じるマルコビッチの穴のようなものがあることを表現しているようにも捉えられます
ちなみにこの穴の奥は露路の庭に通じていて、そこに置いてある御影石のつくばいは、イサム・ノグチの活動を支えたことでも知られる和泉屋石材店の和泉正敏氏の協力によるものだそうです
訂正:水鏡の庭の壁に牟礼町の庵治石が使われていると書いていましたが犬島産の錆石の誤りでしたm(_ _)m
外部回廊の先に「思索区間」があります
中に入ると四角い畳敷の椅子が配され四方に外へ通じる扉が開いています
天井には丸い天窓がついており、ここから入り込む光を太陽や月とも捉えらるし、天に通じる道のようにも感じられます
思索空間から「水鏡の庭」を眺めていると、うっすらと波立つ水面、人工的なコンクリートの壁、壁で区切られた空間の奥に借景の森
ここでも、人間の脳みそが作り出した画一的な世界と混沌とした自然との対比があり、中間にある水の動きがそのコントラストを和らげているように思えました
この建物の設計意図でもある「自ら考える」というコンセプト通り、自然と意識が外側から内側へと向かう感覚を味わえる空間でした
鈴木大拙の思想とこの建物のことをより理解するために、もう一度日本的霊性を読み直してみようかな、と思わせる訪問となりました
来てよかった!
壁の奥の木々に張られた雪吊りが金沢にいることを感じさせてくれますね
残念ながら、なのか、幸いなのか、今回は雪が全くなかったですが、深々とした雪景色も見てみたいですね(寒いの苦手だけど!)
鈴木大拙館
〒920-0964 石川県金沢市本多町3丁目4−20
午前9時30分から午後5時(月曜休館)
https://www.kanazawa-museum.jp/daisetz/
設計 谷口吉生 / 2011年竣工
日本的霊性 完全版 角川ソフィア文庫 / 鈴木大拙 〔文庫〕
新建築 2012年9月号 鈴木大拙館/谷口吉生、星のや 竹富島
小雨舞うなか金沢の街を散策
裏道に迷い込むと古い街並みが残る金沢
金沢といえば日本海で水揚げされるお魚が美味しいところ
この季節のお鍋は格別!
ダウンを着てスノーブーツ履いて完全防備で行ったけど、拍子抜けするほどの暖かさ
さて、次はいつ戻ってこようかな!