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初めての田植えを終え感じたこと いまの農業・いまの社会システムの矛盾、そして、ポストコロナウイルスの時代の仕事

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初めての田植えを終え感じたこと いまの農業・いまの社会システムの矛盾、そして、ポストコロナウイルスの時代の仕事


3月に突然やることになった田んぼ

お隣さん、友人、母親の協力のもと、田植えは無事完了 (みなさんありがとう!)

 

人生初めての田植えは房総オルタナティブライフらしく手植えで行いました

 

半反の小さな田んぼですが、手植えにかかった時間は2.5日、工数でいうと4人日
(初日0.5日 x 2人、2日目 1日 x 2人、3日目 1日 x 1人)

自然農法の場合、半反の田んぼで約90kgの収穫が見込めます

 

農林水産省のHPによると、令和元年9月のお米の相対取引価格は、全銘柄平均価格で15,819円/玄米60kgなんだそうです

ということは、1kgあたり264円。しかも玄米で

もしこの田んぼで採れたお米(玄米)を販売するとしたら23,730円ということになります

 

これを田植えにかかった人件費にあてると1人あたり日当約6,000円、時給換算で740円

この後、定期的な雑草とり、刈り取り、脱穀などの工程がありますが、それを除いたとしても、既に最低賃金を割っています...

今回、田植えに使った苗はいただいたものだし、お水も近所の農家さんが調整してくれたし、そのコストまで含めると…

ん〜、なにかがおかしい...

 

現在の市場価格、経済原理からいったら、

そりゃ、品種改良して、機械で田植えして、規模を大きくして、農薬撒いてって、効率化せざろう得なくなるのもわかります

でもそれらにかかるコストがペイできるのっていつ?!

と思うと、いま行われているいわゆる慣行農法ってなんなんでしょう?

 

「お金を稼ぐために効率的に作ったお米」と「想いを込めて無農薬で作ったお米」のどっちを食べたい?

と問われたら、

そりゃ後者だけど、価格によるよね

ということになってきてしまいます

 

生産者にとっては労多くして功少なし、消費者は作り手の想いも身体への影響も意識もせずスーパーの棚の中から値段とパッケージだけでお米を選びとっているだけなのかも知れません

 

 

こういった問題は、お米作りだけでなく多くのところに存在していて、政策レベル、生産システム、消費スタイルなど様々な要素が複雑に絡み合い、もはや解決する糸口すら見つけられないようにも思えます

しかし、新型コロナウイルスの蔓延で、私たちの生活スタイルは大きく変化しています

満員電車に乗って通勤し、定時まで働くより、テレワークすれば通勤にかかる時間、作業が終わっても拘束される無駄な時間を自分の時間に充ることができます

潜在的に無駄だと感じながらも続けていたスタイルが、半ば強制的にリセットされ、矛盾が浮き彫りになってきているように感じます

 

いまはまだ第1波の小波を乗り越えようとしている段階ですが、これから半年〜1年で金融・経済にも影響が出てくるのは間違いなさそうですし、それに加え第2波、第3波が襲ってきたら、本格的に働き方や生産・消費スタイルの見直しを迫られるように思います

 

 

ポストコロナウィルスの仕事のあり方

経済の原点は「自分で消費するために作ったものの余剰を販売すること」だったのだと思います

しかし、資本主義が高度に発展した現代のでは「お金を産むために製品を作る」ということが標準になっています

そうなると、原価を極限まで抑え、高値で売ることに重きが置かれ、生産からマーケティング、販売までを効率的に行うことが重要になってきます

極度に効率化を進めたことで発生した歪み対し、地産地消、サスティナビリティ、エシカルといった、過度な生産と消費に異を唱える動きがあるものの、比較的所得の高い、いわゆる「意識高い系」の人たちのニッチな消費スタイルにとどまっています

消費する側は、企業の謳い文句に猜疑心を抱きながらも選択肢がなく「まっいいか」と手に取る状況が平均的な感覚のような気がしています

 

今後、新型コロナウイルスの影響で、企業がいまの生産スタイルやサービス提供を維持できなくなったとき、モノが市場から減っていくだけでなく、働き口がなくなり、収入の減少、最悪の場合、収入が途絶える可能性も大いにあり得ます

そうなったとき、単に政府からの給付を待つのではなく、自らなにかを生み出していく力が基本的な資質として必要になってくると思います

いままで積み重ねてきたスキルや人脈をベースに仕事をしたり、新たな知識やスキルを身につけ行動していくことで荒波を乗り越えようとするポジティブなモチベーションを維持できるかがポイントになってくるのでしょう

 

もし、個々人がそれぞれ得意な分野で力を発揮できるようになれば、単にお金のためだけではなく、想いを込めた仕事をするようになると思います

そして、作り手の想いに共感する個人通し、もしくは、小さなコミュニティ間で生産と消費が回っていくでしょう

お金のために半ば嫌々働くのではなく、得意なことをすることで働くことへのモチベーションも変わるし、環境負荷も減るし、地域社会や経済も回っていく

規模と効率の経済ではなく、自分ができることで生み出す価値を提供し合う経済みたいなものがスタンダードになっていけば、いまのシステムが抱える矛盾の大部分は取り除いていけるように思います

 

 

大きなプラットフォームと小さくても成立するD2C的プラットフォーム

衣料や食料といった生活必需品、自動車、家電製品、スマートフォン、PCなどのデジタルガジェット、それらを流通させるスーパーマケット・専門店・ECは、当面の間、引き続き大手プラットフォーマーが寡占していくと思います

一方で、個人レベル、もしくは、コミュニティレベルでなにかを生産・販売したり、サービスを提供してく流れも加速していくように思えます

2005年にティム・オライリーが提唱したWEB2.0以降、個人レベルの情報発信が加速したこと、それを下支えする様々なデジタルガジェットやアプリケーションが登場したことで、マスメディアをはじめとした既得権者やプロフェッショナルとアマチュアの境界線が薄れ、情報発信とクリエイティビティの民主化が起きたました

 

ここ数年、生産からプロモーション、販売までを一気通貫で行うD2C(Direct to Consumer)というスタイルが注目されています

D2Cで特徴的なのはプロモーション領域。自ら雑誌を出版したりSNSを積極的に活用し、企業や製品の背後にあるストーリーや、提供する製品やサービスのあるライフスタイルを視覚的に伝えることに力を入れています。そして、接点を持ってくれたユーザとは、店舗、WEB、チャットでコミュニケーションし、リアルとバーチャルの垣根なく一貫して顧客とのリレーションを築いています

独自のサプライチェーンを構築し、広告代理店にプロモーションを任せず、Amazonや楽天に代表されるモール型ECプラットフォームにも依存せず、自社のビジョンを明確にすることで共感してくれる消費者と関係を構築していくスタイルは、今後の生産と消費スタイルの方向性を示してくれているようにも思えます

 

インターネット上には、ヤフオク、メルカリ、Etsyなどの個人間取引、ECサイトを簡単に立ち上げられるSTORES.jp、BASE(ベイス)、Shopify(ショッピファイ)といったECプラットフォームが多数あります

モノではなくサービスを提供する場合も、個人とプロジェクトを繋ぐ、クラウドソーシングやクラウドファンディングのプラットフォームもあるし、BlogやYouTubeで情報配信することで広告収入、アフィリエイト、記事の有料化で稼ぐこともできるし(投げ銭システムもある!)、Kindleで本を出版することだってできてしまいます

 

個人、もしくは、小さなコミュニティ単位でビジネスする環境は既に整っているのです

テクノロジーの進化が個人にパワーを与えてくれたのです!

 

あとは、なにをするかだけ!

 

 

いま起きている出来事はネガティブな要素も多分に含むものの、意識を変える良いタイミングとも捉えられます

既存のプラットフォームが抱える矛盾を取り除いていくには、一人ひとりがイキイキと生きていくことをベースに考えていくことが必要だと思います

 

そして、ポストコロナウイルスの世界を創っていくのは、思想家でも、政治家でも、資本家でも、どこかの誰かでもなく、一人ひとりの意識と行動になるのだと思います

 

 

田んぼをやってみないか?!

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