この季節、ちょっと気を抜くと雑草まみれになってしまう畑
区画を飛び回り、雑草を刈り取ったり、根っこごと引っこ抜いたりしているうちに1日が過ぎ去っていきます
わざわざ東京からやってきて、なんでこんなことやってるんだ?
これは、この時期になると何故か毎年自問すること
食料を少しでも自給してみたいから、無農薬、無肥料で美味しい野菜を作りたいから、自家採種したタネのサイクルを回していきたいから
表向きはいろんなこと言えます
でも、作業を続けながら自分に問い続けていると、結局のところ、
この環境を綺麗に整えてみたい
ということに尽きるような気がしています
人が介在しない自然が生み出す美しさがある一方、人が踏み入れることができないくらい鬱蒼とした自然があります
この世の神羅万象を陰陽で捉えると、自然は「陰」の性質に属し、人間が活動して生み出すものは「陽」に属します
放置され鬱蒼とした自然が「陰」の世界、人の頭の中で夢想さ物質化したものが「陽」の世界
陰陽のバランスで捉えると、鬱蒼とした自然は「陰」に傾いた世界であり、都市は「陽」に傾いた世界であり、里山や整備された竹林や神社などはその中間、陰陽のバランスが取れた世界ということになります
とてつもない時間をかけ、ここ房総フィールドでやっていることは、放っておくと荒れ果てていく自然に僕が介在することで陰陽のバランスをとってみたいという本能的な欲望
目では見ることのできない微生物から昆虫、植物、天候、季節の移ろい、星の動きといった人間にはコントロールできないものと共存しながら小さな世界を構築してみたい
突き詰めるとそういうことなんだと思います
長年 東京で過ごしながら、どこか違和感を感じていたこと
房総で野良仕事を始めたこと
それは、効率性、利便性を追求し「陽」に傾き過ぎてしまった世界への潜在的な反動であり、「陰」の要素を取り入れることでバランスを取りたかったということ
一旦、ベースとなる自然に戻り、その自然に手を加えることで、人間が快適に過ごしつつ、恵みを得ることができる、調和の取れたポイントを探る
これがオルタナティブなライフスタイルのテーマなのです
どこまで手を加えて良いのか?
と、僕の内側にある「陰」の要素を、外側にある自然の「陰」とシンクロさせながら、僕の「陽」のエネルギーをMAXまで上げて初夏の野良仕事が続いていきます!